今年こそ、ハクビシンからびわを守る

今年で、三回目のハクビシンとのビワ攻防戦。
一年目は、わけもわからないうちに、びわの実がなくなっていった。
二年目の昨年、その原因がハクビシンであることを知った。

ハクビシンは、びわの実が、まだ小さいうちから食べ始め、大きくならないうちに、すべての実を平らげてしまう。
それは、びわだけでなく、スモモも柿も同じように、実が小さいうちに食べ切ってしまう。

実が小さいため、ハクビシンの腹を満たすのに、数がいる。
そのため、あっという間に、何千個もあるびわの実が、ハクビシンの腹の中に収まる。

この攻防に、ようやく終止符を打つことができる希望が見えたのが、昨年の初夏。
スモモが1/3ほど、ハクビシンにやられてしまった後、ヤギのOPERAくんを、スモモの木の下に繋いでおいたところ、ハクビシンが近づけず、スモモを守り切ることができた。

次は、柿だった。
こちらも、対応が遅く、ほんの小さな緑の実の時、まだ夏も終わらないうちに、柿の実の半分がやられていた。
今度は、OPERAくんではなく、電気柵を張り巡らせた。
さらに、他の木から飛び移れないように、周りの木は伐採した。
こちらの盲点をつく攻撃もあったが、なんとか、電気柵で柿を守ことができた。

そして、今年こそびわを守るという、強い意識で事に当たった。
柿で成功した電気柵を、びわの木の周辺はもちろん、隣接する桜の木の周りにも張り巡らせた。

実際、昨年も、びわの木の周りには、電柵を張っておいたのだが、隣接する木から飛び移られ、結果として、すべてを食べ尽くされてしまったのだ。
今年は、桜の木を除いて、周辺の木のほとんどを伐採しておいた。

しかし、それで安心はできない。
びわの実が大きくなって来た頃から、ハクビシンに侵入されていないかチェックは欠かせない。

人間が独り占めせずに、動物にも分け与えるべきだ!
という考えはある。
しかし、奴らは『分ける』ということはしない。
すべてを得るか、何も得られないか、どちらかなのだ。

そうは言っても、スモモの時は、分け与えた。
熟した実を収穫した後、OPERAくんを繋いでおくのをやめた。
すると、一日、二日で、木の上にあった実は、すべてハクビシンが食べて行った。

この時、いつもは、固くて小さいスモモの実しか食べたことがなかったハクビシンたちが、初めて、熟した大きな実を食べた。
それは、さぞかしうまかったに違いない。

そうして味を覚えてしまうと、今度は、必死になって取りに来ようとする。
これが、後々、厄介な事になってしまうというを、後になって思った。

畑に侵入するイノシシや猿たちは、一般的には、「山に餌がなくなったために、山を降りて、危険を承知で畑の作物を荒らしに来る」などと、呑気なことを言っている人たちが多いが、実際、僕のように山に住んでいて思うのが、山には、奴らの食べ物はごまんと溢れている。

それならば、なぜ、畑を荒らすのか?
それは、単純に、楽に、うまいものをたらふく食べられるからに他ならない。

人間たちは、畑に入る野生動物は危険を顧みずに来ていると思っているが、実際、動物たちにとっては、対して怖くもない人間どもなど、へのかっぱなのである。
たまに、罠が仕掛けられて、引っかかる仲間もいるが、それは、警戒心を怠ったために捕まったわけで、捕まる奴の自業自得だと、そんなふうにクールに思っているに違いない。
所詮、人間の方が馬鹿にされているとしか思えないのだ。

ハクビシンも、最初の頃は、僕のことを舐めてかかっていた。
平気で目の前に現れるし、急いで逃げることもなく、追い返せば「うっせーなー」と言わんばかりに、タラタラと歩いて去っていくだけ。
木の上では、牙を剥き出して威嚇してきて、おしっこをひっかけようとする。
しかし、僕は、そんな奴らに、一矢報いてきたのだ。

負けない秘訣は、勝つまでやる!である。

ゴルフ練習場との調停まで、あと一週間。
調停で決着がつくとは思っていない。
しかし、勝つまでやれば、必ず勝つ!のである。

成功の秘訣というのも同じ、成功するまでやるのである。

失敗とは、諦めて失敗と認めた時だけである。
それ以外は、やり続けられないやむを得ぬ事態になる(死の時)か、方向転換するか、飽きるか、どうでも良くなるかというように、自らの意思でやめた時だけだ。
だから、成功しないということは100%ないのだ。

そんなわけで、春のびわ攻防戦、今年は必ず勝つ!

↑何千個もの実のなる大きなびわの木
↑びわの木の周りに張り巡らせた電気柵

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