山にいると、日中、どこか遠くの方で犬が吠えているような声が聞こえる。
それも、一度や二度ではなく、やたらと聞こえる。
何度も何度も、長時間。
それも、二、三匹いるような感じだ。
下の方から聞こえてくるのかと思っていたのだが、どうも、そうではなく、山の方から聞こえてくる?
誰か住んでいるわけではないし、山の方は急な斜面が続いている。
そんなところに犬がいるとしたら、野犬だろうけど、野犬が二、三匹もまとまっているようには思えない。
と言うことは、山の向こうから聞こえているのだろうか?
いくら大きな声で吠えていたとしても、山を越えて聞こえるなんてことはありえないと思うのだが・・・
と、不思議な声の正体がわからないでいた。
話は変わるが、自分の敷地で、まだ行ったことの無い場所は多い。
その中でも、隣の山にかかっている大きな土地がある。
ざっと一万五千坪程度の範囲があるのだが、今まで一度も足を踏み入れたことはなかった。
そこへ、少し行ってみることにした。
沢沿いに山を登って行き、未開の地へ入っていく。
斜面は急で、岸壁も多い。
奥に行っても、沢沿いには、石垣が組まれているところをみると、昔の人が、こんな奥まで開拓していたのかと感心する。
さらに進んでいくと、岸壁の下に、広くは無いが、平地が作られていた。
今は、木々で見えないが、どうやら、その平地から、昔は、街の景色が見えていたんだろうと思われる。
昔の人は、ここでゴザでも敷いて、農作業の合間に休憩していたのかぁ?
足袋を履いて、塩の効いた握り飯を頬張っていたのかなぁ?
そう思うと、何だか、そこにいる人たちが頭の中に浮かんできた。
きっと、僕の単なるイメージじゃなくて、本当に、そんなシーンがあったのだろうと思いたくなる。
木を切っていてもそうだが、木を植えた人は、成長した木を自分たちのために利用するわけではなく、後世の僕たちのために植えてくれたのだ。
土地を開拓した人たちも、自分たちも使ったとは思うが、作った畑、積んだ石垣、休憩するための平地など、次の世代、また次の世代のためになっている。
都市だってそうなのだ、元々は山だったり、森だったりしたところを開拓して、多くの人たちが暮らせるような場所になっている。
ただ、都会では、そうしたことは感じにくい。
僕は、山にいて、何十年なのか、何百年なのかわからないけど、昔の人たちが作ってくれたものを利用させてもらっているということを、すごく実感するのだ。
そして、僕がやることも、僕だけのためではなく、次の世代も、また次の世代も利用していくことになるのだろうと思う。
自分が、この世に生きていて出来ることは小さい、そして少ない、さらに短い。
だけど、人々は、何世代にもわたり、それが、血縁など関係なく、どこの誰がやったのかも、未来に誰が使うのかもわからない中で、それでも、自分が生きている間、やるべきことをやるというのは、誰が評価するわけでもなくとも、誇りを持って行おうと、ここにいると思ってしまう。
それでも、たまに思う。
僕が一人で一生かけて何かをここでやったとしても、本当の意味においての、完成だと思うレベルには、絶対にたどり着けないということを思う。
人生を捧げたとしても道半ばで次にバトンタッチしていくのだろうと思うとき、虚しさを感じないこともないのだ。
現代に生きていると、物事は、結果が出て完結する。
ということが多い。
うまく言えないが、目標を持ち、それを達成するということが、いいことだというような、そんな社会。
自分がお金持ちになると、偉い人みたいなそんな社会。
自分が何をやって、何の成果を出して、何を手にして、結果に対して賞賛を受けることが、人生の成功者のような風潮。
そうしたことが、なんかおかしなことのように感じるのだ。
僕は、みんな、過程の中にいるのではないか?そう思うようになった。
人生は、一人で完結するものではなく、もっと、もっと、長い長い時間の中で、少しづつ、前に、という表現が正しいかわからないが、何か、どこかへ向かって進んでいるような気がする。
一人一人が単独で存在しているのではなく、時間軸の縦、現代に生きる人同士の横、その縦と横の繋がりは、全部がつながっているような気がするのだ。
そして、一つの大きな膜というか、塊というか、そういったもので、全体が、成長しながら、どこかに向かっている。そんな気がする。
そう、ビックバン以降、広がり続ける宇宙のように。
私たちも、人類として広がり続けているような気がするのです。
いつのように、話が本題から大きく逸れましたが、山を登っていくと、いつもの、あの犬が吠えているような声が、近くに聞こえてきたのです。
もちろん、近くに犬はいません。
その声のする方へ近づいていく。どうも、すごく近くから聞こえるような気がします。
距離的に、3、4M先に聞こえてくるような感じなのです。
なにか、反射して、そう聞こえているのだろうか?そう思って、声のする方に、ゆっくりと近づいて行きました。
すると、どうやら、岩の割れ目から、その声は聞こえてきていたのです。
この岩の裂け目の向こう側。
空間があるとは思えないのだが、どう聞いてもこの間から聞こえるのです。
う〜ん、カエルかな?何なんだろう?
近くで聞くと、犬じゃないのですが、遠くで聞いていると、犬が「バアゥ!バアゥ!」と吠えているように聞こえるんです。
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