8月に、子犬の里親募集を出してから、5ヶ月ぶりの投稿になった。
今日は、僕の誕生日でもあるし、久々でもあるし、この5ヶ月間だけでなく、この1年を振り返ってみようと思い久々に書くことにした。
イノシシ猟
今年の初めを振り返ると、それは、イノシシの罠猟から。
山に来たばかりの頃、イノシシの罠猟を行う地元の方達に混ぜてもらい、イノシシの捕獲や解体などをやらせてもらった。
それは、都会にいては絶対に経験できないし、単なる田舎暮らしでも難しい貴重な経験だった。
いつか、自分の手で一からやってみたいと思っていたことを今年実現した。
肉を得るというだけなら、スーパーで買ったほうがはるかにお得。
確かに、イノシシを一頭獲れば、何十キロいう肉がタダで手に入るように思える。
しかし、実施には免許の取得、許可の申請料、罠の代金、罠を仕掛ける手間や、毎日の見廻り、獲れたら獲れたで危険と隣り合わせ、イノシシとの格闘だけでなく、泥まみれにもなるし、マダニとの戦いも待っている。
お金も時間も体力も精神力も削がれる過酷な現状だった。
そうれを考えると、買ったほうがはるかにいい。
ただ、お金を出して肉を買うだけでは、なんの経験も得られない。
それに比べて、イノシシ猟を行うということは、代え難い貴重な経験を得ることができた。
『命の大切さ』がどうとかいう人たちは多いのかもしれないが、正直って、僕には、そんな崇高な思いは起こらず、ただ、荒らしに来る敵を抹殺して、食料をえるということに過ぎなかった。
最終的に、イノシシのワイヤーが切れ突っ込まれ、死ぬ思いをした後、そいつが別の罠にかかっていて処理せねばならず、気力も体力も免疫力も奪われたところに、ダニに噛まれて全身に発疹が発症、日光アレルギーになるという結果となった。
この結論だけを捉えると、不幸に終わったように思えるが、僕としては、これがいい転機となった。
外に出られない
日光アレルギーだとわかったのが4月。
車で2時間ほど走ったら、手の甲がゾンビ状態になってしまった。
その後、顔、首と発症し、全身がブツブツだらけに、、。
全身のブツブツは治まっていったが、手の甲だけはいつまでも残ることとなった。
それは、今でも同じで、1時間ほど車で買い物に出ると、それだけで、手の甲には発疹が出て来る。
もちろん、日焼け止めや手袋などをするのだが、どうしても紫外線は手袋貫通して当たるようなのだ。
そんなわけで、外での作業を全面的に中止した。
山に暮らしていて、外に出られないなどということは、ほぼ生きていけないような状態なのではないか?
と、想像してしまうかもしれない。
そんな状態でも、一つの救いだったのが、7.5畳の小屋から、10坪20畳+ロフト7畳のログハウスへ引越しを完了できていたことだった。
このログが完成していなかったが、7.5畳の小屋で息がつまるような生活を強いられていた。
新しいチャレンジ
外作業が出来なくなった事で、新しいチャレンジをすることにした。
具体的な内容は控えるが『パソコンを使った仕事』ということ。
ポツンと一軒家に出た時にも、リモートで東京のスタッフ達とテレビ電話をする様子が流れたが、その時と違うのは、コロナによって大口の取引先結婚式場が閉鎖となり、それを機に、右腕として東京で働いてくれていたスタッフに、全てを譲渡して、僕は単身ニート状態になったのだ。
だから、何もないところから一から新しいことを始めている。
それを開始したのが、日光アレルギーがわかった4月頃、ちょうどGWに入ったあたりのことだ。
下の小屋を再利用
今年に入り、奥さんが山にいる頻度と期間が増えた。
コロナ禍では、ほとんど会わなかったのだが、毎月来てくれるようになり、2、3週間滞在してくれるようになった。
ただ、そのことでひとつの弊害が生まれた。
ログハウスの中は、仕切りの全くないワンルーム。
そのため、デスクの前でカチャカチャとパソコンに向かっていると、うざがられるようになった。
で、一言
下の小屋でやれば?
と。
「あー、まー、そうですね〜」
ってことで、デスク他、パソコン一式を下の小屋へ移動。
せっかく7年越しで、脱出した小さな小屋へ、また逆戻りをしたのだ。
平日の昼間は、午前8時に出社して、午後4時頃までキッチリと仕事をしている。
諦めていた目標を再び始動
僕には、ひとつの夢というか、目標があった。
夢というと、随分と大きなことをイメージされてしまうが、実際には、出来ないことではないので、単に『目標』とする。
ただ、若い時に、想いを描いても、実際には、手も付けずに今まで過ごして来た。
コロナによって、今までの仕事をすべて失い、日光アレルギーによって、外作業が出来なくなった事で、Youtubeのネタも撮れなくなってしまった。
しかし、それによって、今まで手も付けずに来た目標に着手することができるようになった。
今は、その第一歩、、、の手前をやっている感じ。
1ではなく、未だゼロだが、それでも、ほんの少し動き出した1年だった。