なんの音も聞こえない世界と騒音だらけの世界

『なんの音も聞こえない』

「そんな場所は、この世に無い」と行ってもいいほどに無いと思っていた。
しかし、僕は、今、そんな場所にいる。
昼間は、鳥が鳴いていたり、飛行機が頭上を飛んでいたり、遠くの峠をエンジンをふかしながら登っていく車の音が聞こえたりするが、夜になると飛行機の本数は減り、車の音は聞こえず、鳥も眠りにつく。

だから、夜は、なんの音も聞こえないことがほとんどだ。
音がするとすれば、僕自身が何かをすることだけ。

無音状態でいると耳鳴りがする

というのを何かで聞いたことがある。
完全な防音・吸音室に入ると、耳鳴りがしてくるらしい。
それは、そうなのかもしれない。
現に、今、僕の耳にも耳鳴りが聞こえている。
とは言え、それが耳鳴りなのか、何か虫の鳴き声なのかは区別がついていないが・・・

東京に住んでいるときは、常に車の走る音が聞こえていた。
僕は、家を選ぶときは、大通り沿いは絶対に避け、出来る限り道に面していない部屋や、奥まった場所を選んできた。

それでも、車の音を完全に遮るためには、密閉度の高いサッシのついた、複層ガラスの窓を閉め切っていなければならない。
閉め切っていたとしても、実際には、無音という状態になることはなかった。

だからと言って、田舎へ旅をしても、無音の状態を味わえるということはない。
やはり、多少なりとも車の音がしたり、人の気配がして、多少なりとも物音がするものである。

しかし、僕の住む環境は、ほぼ完全な無音である。
そんな暮らしをしている僕が東京へ行く。
もちろん、20年東京に住んでいたわけなので、慣れていると言えば慣れているのだが、それでも、2年以上を過ごしたこの山に慣れてきて、山の生活が当たり前だという前提で東京に行くと、騒音にまみれたこの地の居心地の悪さを実感した。

この騒音、頭がおかしくなる

昔から、音には敏感だった。
うるさいのは、耐えられなかった。
そんな僕が20年も東京で生きてこれたのは、単に慣れとそれを当たり前だと思っていたからに他ならない。

今、改めて東京に行くと、こんな騒音だらけの世界で、よく生きていられると思うのだ。
まずは、電車を待っていると、アナウンスがうるさい。
さらに、電車くると、これまたうるさい。
電車に乗っても、走る音と、アナウンスと、人の声と・・・

外に出れば、そこら中で工事をしている。
車は、24時間、ひっきりなしに通っている。
ビルやマンションの建設も、誰が住むんじゃ?と思えるくらい多い。
こんな環境で、生きていたら、体か頭のどこかがおかしくなってきて当然だと思えるような環境に生きてきたのだ。

東京という街は、いろんな刺激に溢れている。
音もその一つかもしれないが。

-MARK'S BRAIN:思考, MARK'S LIFE:日常, MOUNTAIN LIFE:山暮らし