僕が思うラットレースについて

先日の記事で、最後にラットレースについて触れた。
僕自身、人生の中で、ラットレースというものを気にしたことは・・・たまにはあったけど、ほとんどないし、自分が、ラットレースを走っていると思ったこともない。
まあ、なんとなくわかると思うけど。

そして、ラットレース最大の負担が家賃だということについて書いた。
昔から

「賃貸」か「持ち家」か?

という議論は繰り返されてきた。
そして、いつも、結論は、なんだか曖昧なまま終わる。
ハッキリと「こっちだー!」という答えは出ないのだが、それは、当然だろうと思う。

地域、世帯人数、人それぞれのライフスタイルを考慮しないで、「どっちか?」という答えなど出ない。
しかし、僕は、自分の人生において「家賃」というものの負担があまりにも大きかったことで、賃貸に関して、ハッキリと

家賃は、ラットレース最大の負担

と言い切ることにしている。
もちろん、これは、僕自身の歩んできた結果であり、僕のライフスタイルについて当てはまることで、他の人に当てはまるかどうかはわからない。

僕が、どんな「賃貸人生」を歩んできたのか、簡単にお話しすることにしよう。
僕が、実家を出て一人暮らしをし始めたのは、高校2年の夏だった。
この時は、寮のある会社を探して働き出し、寮暮らしなので家賃は、確かタダか5,000円程度、その後、祖父母の家に居候し、そして、アパート暮らしを始めた。この時、18歳。

ここから、家賃というものを支払い続ける人生のスタートだ。
当初は、一人暮らし用のワンルーム家賃は3.3万円、それから上京して埼玉へ、家賃6.5万円になり、板橋へ引っ越して9万円になり、赤坂へ引っ越した時には21万円になっていた。

オフィスやスタジオなども、すべて賃貸だったため、最も多い時で、家賃150万円を超えていた。

しかし、後には、何も残らない。


出る時には、原状回復費用さえ請求される。
残らないどころか、取られてばかりである。

そんな家賃というものが、ずっと嫌だったが、嫌だからといって、そうそう簡単に不動産を買うことができなかったが、2013年に、ようやく、自宅マンションを買うことができた。

賃貸の場合、出るときのことを考えてもあまり意味はないが、持ち家の場合は、そこを出るときのことは慎重に考える必要がある。
一般的には、持ち家=一生物というように考えるだろうが、僕は、そう考えなかった。

いつかは、売るか貸すかすることを考え、売れやすい場所や物件、売れなくても借り手のつきやすい物件であることを大前提としていた。
もちろん、自分が気にいることは、最も大事な第一条件であることは言うまでもなく、自分が気にいるということは、他に気にいる人がいるということでもあるという考えを持っていた。

そして、自分が気に入っていなくても妥協する点があったとしたら、売ったり、貸したりするときにも、同じポイントで売れない、借りてもらえないということが起きるだろうと考え、一切の妥協をしないと決めていた。

さて、ここで、「賃貸か持ち家か?」の議論だが、僕の考えとして、持ち家=一生物という考えはなく、持ち家=不動産投資という考えなので、当然、持ち家に決まっているのである。

しかし、持ち家=一生物、持ち家=地方のごくありふれた住宅街の中の一軒家では、投資として考えることは難しいだろう。
そうなると、賃貸か持ち家か?なんてことの答えは難しいかもしれない。

ただし「土地を所有する」という考え方であれば、断然、持ち家だと言いたい。


もちろん、購入する土地は、将来に向かって、土地の価格が下がり続ける場所では意味はない。
土地の価値は変わらなくても、インフレによって購入時よりも、資産価値が上がるかもしれないし、何より、ローンさえ終われば、建物は老朽化して無価値になったとしても、土地を子孫に残してあげることができる。

これは、子孫にとって、大きな資産になる。


僕は、田舎に来て、そうしたことを、とても強く感じている。
先祖代々土地や家を受継げば、それだけ経済的な負担が軽くて済む。
同じ収入であっても、家賃もローンもないというのは、最も高額な出費を避けることができるのだから、ラットレースを抜け出す最も近道である。

そもそも、そうした、田舎の人たちは、田畑や山も持っていて、エンゲル係数は極限まで下げることができるとすれば、ラットレースになど最初から巻き込まれなくて済んでいるのではないだろうか?

僕は、山という、土地価格で考えたら、とんでもなく安い場所を買い、そこに生えている木々を使って家を建てようとしている。
田んぼや畑も行い自給自足を目指し、支出を減らすとともに、収入額も減らしている。
収入が多ければ、それだけ、所得税や住民税、年金や健康保険などの社会保険料の負担が増えるだけである。

収入が多いことのメリットは、不動産購入時の限度額が高くなる(借金できる額が増える)ことと、他人に自慢できる(わざわざ言えば)程度のことくらいだ。

書籍「金持ち父さん、貧乏父さん」の著者、ロバート・キヨサキさんが作ったボードゲーム「キャッシュフロー101」をやってみるとわかるが、収入の多い人がラットレースを早く抜け出すとは限らない。
もちろん、早く抜け出すことができる可能性は高いだろうが、実際には、支出と収入のバランスが大切だ。

収入が高ければ、必然的に支出も多くなってしまう。
これは、ほとんどの人に当てはまるだろう。
しかし、毎日、毎週、毎月、毎年、定期的に出て行くお金を減らすことがラットレースを抜け出す道なのだ。

書籍「金持ち父さん、貧乏父さん」の中にも出てくるし、世間一般に言われていることに

「権利収入を増やす」

というものがある。
これは、いわゆる投資によって家賃収入や、配当収入を得ることで、ラットレースを抜け出すという考え方なのだが、僕は思う。

支出をコントロールできない人は、それだけ収入を増やしても、ラットレースの回し車が大きくなるだけ

だと思うのだ。
回し車が大きくなったことで、それが、ラットレースの回し車だとわからなくなってしまっているだけだろう。

僕がよく思うことの一つに「お金が足りない」と嘆いている人の典型的な行動パターンがある。
僕が出会ってきた、こうした人の特徴が、

  • 携帯代が高額
  • 外食、飲酒などの回数が多い
  • 電気を節約するという意識が薄い

この3つのパターンがある。
人によっては「喫煙をする」というのもある。
これらは、定期的に出て行く出費なのだが、抑えることもできる。
しかし、こうした費用を削減せず、収入を増やせば解決すると思っている。

現実には、こうした人は、収入が増えても、支出も同時に増え、いつまでもラットレースから抜け出せないでいるものなのだ。

いろいろ書いたけど、最後に僕が言いたいのは、

田舎はいいぞ!

ってことである。

  • 土地が安い!(中途半端な地方の住宅地ではダメだけど)
  • エンゲル係数を抑えられる(自分で畑をやる必要はあるが。ちなみに、売っているものは安くはない)
  • どこにいても仕事はできる(って職種なら)
  • 空気が綺麗(とはいえ、意外とダンプやトラックは多い(それも古いヤツ)ので、幹線道路では黒煙まみれになることはある)
  • 満員電車に乗らなくていいし、渋滞も大してない(ただし、車はそれなりにお金がかかる)
  • 性格が穏やかになる(闘争心が薄れることがいいかどうかは難しい問題だけど)

そして、もう一個言いたいこと

都会で稼いで、田舎に住む

これでしょ、やっぱ。

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